はじめに
母は言った。
「そんなことばかり考えていると、頭のおかしな人になっちゃうよ」
僕が小学校5年生の頃のことだ。
「人って死んだらどうなるの?」と尋ねた、まだ幼かった僕に対して、母はそう答えたのだった。
人は死んだらどうなるのか。
不思議で仕方なかった。
その頃の僕にとって最も差し迫った問題だった。
生まれる前のことを考えようとしても想像できない。
天国や地獄は信じられない。
生まれ変わりもどうやらあり得なさそうだ。
だとしたら、いったいどうなるんだろう?
女の子にモテることや、ソフトボールの試合に勝つことや、テストで良い成績を取ることも大事だった。
でもその時の僕には、この難解で不思議な問題に何かしらの答えを出すことこそが、一番重要に思われた。
そんな風にして芽生えた僕の、はじめての大きな問いは、母の一言で摘まれてしまったわけだった。
「そっか、変な人になっちゃうならやめとこう」
それからの僕は以前と同じように、女の子にモテることや、ソフトボールの試合に勝つことや、テストで良い成績を取ることに精を出した。
それから10年の歳月を要した。
僕がひた隠しにしてきた、頭の中だけの秘密の世界を、
あけっぴろげに議論していた人々がいたことを、
その流れが過去から現在まで連綿とつながっていることを、
さらに言うと学問にまでなっているということを、知るまでに。
この世界ではその学問のことを、
「哲学」と呼んだ。